空き家売却

空き家の売却は早いほどよい 底値での売却を避けるには声がかかった時が売り時!

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持ち主の父が亡くなってから9年目の売却でしたが、その間に数度ほど、家に不動産の営業の人が訪ねてきたことがあります。
「中古の家を探している人がいるのだが、売りませんか」という問い合わせでした。

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家に訪ねて来た業者

その時は、まだ父が亡くなって3年目くらいだったか、私は当時自宅から数分の実家を仕事場にしており、そこに電話もパソコンも引いて過ごしていました。

それまでも様々な営業の人が一人ならず来ていましたので、業者の方は、おそらく父が老人施設に入所中から、空き家になっているのを見ていて、目星をつけていたのでしょう。

実家は中学校までが徒歩10分くらい、小学校までが20分くらいの距離でした。
家を探しているご家族は、何より、子どもが学校に通いやすいところを希望しているということでした。

最初に提示された金額は1千万円を越えていた

「ちなみにご予算はいくらぐらいと言っておられますか」
と聞くと、不動産屋さんは
「1200万円位までのところを探しています」
と返事をしました。

それで私は

「まだまだ捨てたものではない、そこそこの値段で売れそうだ。そう売るのを急ぐこともないか」

と逆に思ってしまいました。
今から考えるとなんともおめでたい話でした。

もし、その時に、
接道が市道ではなく、私道であるということを知っていたなら、おそらくその半値だろうが4分の1だろうが、相手の言い値で売ってしまったと思います。

自分はよそに部屋を借りてでも、その数年分の賃貸料を払ってさらに十分上回る金額が手に入ったに違いありません。

 

数年後には屋根に雨漏りが

それから5年ほど過ぎて、私が最後に不動産屋の査定に立ち合った去年は、屋根にそれまで見当たらなかった雨漏りの跡が見つかりました。

そこから売りに出すとしたら、最低でも50万円以上かけて補修をしなければなりませんでした。

お金が入るどころか、手持ちの資金を逆に継ぎ足さなければ、売ろうにも売れなくなったわけです。

たった5年の間の下落と変転でした。

 

数年で二桁の下落

最後の売却額は、兄弟で分けて、私の分だけでも50万円でした。不動産屋の声がかかったその時なら、1200万円までなら出すという人が実際に居たのです。

1千万円台と10万円台の違いです。わかっていれば考えるまでもなかったでしょう。
親が2年近く介護施設に居て戻る予定がなく、その間も空き家になっていたその時にいっそ売っていればよかったと思います。

親が生きているうちに処分するというのは、心情的にはむずかしい問題ですが、もし、数字が二桁違うと言われたなら、迷う人はいないでしょう。

 

売れる間は営業マンが来る

当時は、憶えているだけでも、不動産業者や建築会社の社員が、いわゆるセールスで家に訪れて、話を持ってきていました。

建築会社の人は、家を見た上で「これを壊しちゃうのはもったいないですよ。リフォームした方が高く売れますよ」と言いました。

それは不動産業者ではなくて、建築会社の人ですので、要はリフォームで仕事をもらいたいということだったのでしょう。

もちろん、お金をかけようとは思いませんでしたが、当時なら、まだそのような方法で売る方法があったのだったかもしれません。

業者の人は古い団地の活用方法をまだ考える余地があった、土地がお金になった時期だったのかもしれません。

思い返してみると、それを過ぎると、セールスに訪れる人もなくなりました。その時は、営業マンの数が不動産市場の景気を表しているとは考えてもみませんでした。

 

土地の値段は絶対ではない

そもそも考えてみれば、土地というのは、投機の対象になるくらいなので、環境や条件によって、上がったり下がったりするものです。

元々値段が固定的なものではなく、需要が多くなれば高くなり、不要な人が多くなれば安くなります。

これがたとえば土地ではなくて、株を持っている場合に置き換えてみたらどうでしょう。値上がりがもはや見込めず、どんどん株価が下がっていく銘柄を、自己資金を足して維持したり、買い足したりする人が居るでしょうか。

買った時の値段より下がっても、一日も早く売った方が良いということを疑う人はいないはずです。

声がかかった時は間違いなく売るべきで、それを過ぎて売る他はない、ということになったときは、もはや破たんしているわけなのです。買値で売れることは到底見込めません。

しかし、それならそれでもいい、どうぞ一日も早く重荷をおろして、楽になってください。手持ち資金の目減り以上に、心をすり減らすことはありません。

 

役目を終えた家

 

親が死ぬまでそこに住んで、そこで私たち子どもが育ち、家は十分にその役目を終えたのです。
私たち家族にとってだいじな家であっても、他人にとっては何でもない、ただの古家です。そう思って見れば、ある意味、値が付かなくても当然かもしれません。

大事な家だからこそ高く売りたい、そのように思う持ち主の心の中にこそ、家のほんとうの価値があるのです。それは金銭の額には置き換えられるようなものではないと思います。

その家が役目を終えて不要になるまで、そこで家族が身を寄せ合って一緒に暮らしたとおうこと―――たとえ、家の値がいくらになろうとも、その事実を越える価値はないはずです。

 

 



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