地域再生

縮小都市トリノとライネフェルデ・ボルビスの団地再生にならえ

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昨日1月5日の朝日新聞に、コンパクトシティに関する興味深い記事「欧米 都市を縮小再生」が載っていました。

街を小さく作り直したという、イタリア北部の町トリノ他の事例で、龍谷大学の矢作弘教授が縮小都市を研究した中からの紹介です。

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工業都市から観光都市になったトリノの例

 

トリノは、イタリア北部にある自動車メーカーフィアットの企業城下町でした。
不景気で工場が閉鎖し、1970年代半ばに120万人だった人口が95万人に減ったというので、約9万5千人の人が町から消えたことになります。

しかしトリノの場合は、人口が急減してから20年後、90年代以降に、工場跡を公共空間や企業センターに作り替えて、鉄道も地下鉄にしました。

 

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そして歴史景観の再生、伝統的な食文化を再現するスローフード運動と相まって、起業や観光中心の町に生まれ変わった、ということなのです。

一戸の家のリノベとは違って、町ぐるみの仕様を20年かかって立て直す、そして、町のコンセプトを工業都市から歴史的な観光都市として、同じ場所に新たな特性を持つ町として生まれ変わらせる、そのようなことも可能なのだということにまず驚きます。

 

「ライネフェルデ・ボルビスの奇跡」と言われる団地の再生

 

 

もうひとつ、ドイツ中央部のライネフェルデ・ボルビス市は「減築」というのを行ったそうです。

東独時代のアパートを取り壊したり、間引いたり複数戸を合体させたりして、近代的デザインに作り替え、縮小都市のモデルとなりました。

 

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1万4千人の団地が5700人の半分以下の規模になり、コンパクトできれいな街に生まれ変わたのです。

考えてみれば、日本よりも早く衰退が起こった国や町は外国にもたくさんあります。
その中から、優れたモデルになるような町もたくさん見いだせるでしょう。

一から考えて試行錯誤をするよりも、習ってしまった方が早いのです。日本でも応用できるアイディアがあるかもしれません。

それらの有効例を研究の上紹介している方は、他にもいるようです。

ドイツにおける団地再生のとりくみ―ライネフェルデの事例.上田裕文(2008)

 

実家のあった町を振り返る

 

私の実家のあった町は、大手電機メーカーの発祥の地、最盛期の人口が20万人のいわゆる企業城下町でした。最盛期に比べて、工場が縮小。人口は18万人台に減りました。

「今一番景気の悪い街」として駅前がテレビに映ったことがあります。そして、主要企業が縮小されると、商業地域は軒並み不景気になり、デパートや飲食店、交通網などすべてが影響を受けることになります。

工場がほぼすべての海岸線沿いにあったため、人口の分布も密集していませんし、平地が少ない街のため、団地は山の上に造成されました。

交通の便が悪いため、高齢になると、相続がなくても、山の上に家を残したまま、平地に移住する人が増えるようになりました。

一見難があるようにも思えますが、おそらくは、皆が高齢になれば、自治体で誘致せずとも、今の流れで自然に平地に住むようになるのは十分予想できることです。

誘導区域を設定するまでもなく、利便性の良い平地、高齢者が住めるエリアが限られている、そういう地形を生かすことはできないでしょうか。

あるいは、山と海に囲まれたコンパクトな街にすることも難しくはないかもしれません。

景観にはもとより恵まれているので、あとは何とかその地形の利点を生かした町づくりを目指してほしいものです。



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